デビューまで

1978年、埼玉県浦和市(現・さいたま市)生ま]。外資系石油会社に勤める父親の転勤により2歳のとき静岡県清水市(現・静岡市清水区)に移り住み、約10年間を過ご]。母親は広島県東広島市の出]。1991年、12歳の時に父親が福岡支店の勤務となり、福岡県福岡市早良区へ引越]。中学2年から高校中退までの約5年間が福岡育ち。幼少時からピアノとクラシック・バレエを習うが、 先天性食道閉鎖症の手術の後遺症で体の左右均等に力を入れることができなくなり、10年以上続けていたバレエとピアノを断念したという[14]。

中学時代、友人とバンドを結成。学園祭等で何度か活動をするも解散。その他、学内外含めて合計20以上のバンドの全ての楽器パートを掛け持ちで担当していたという。中学・高校と、ピザ屋や警備員等のバイトをしながらも、デモテープを作る日々を送る。西新の某音楽教室にも通っていて、その時のギターの講師に「りんご」か「林檎」を相談した結果、芸名が「椎名林檎」で決定したという。初ライブをした会場は福岡市西新の西新JAJAというところだったという。

1994年、高校一年生の時にホリプロタレントスカウトキャラバンに出場。しかし、本人はアイドルを発掘するイベントだという認識がなく、“全国大会に進むまで、水着審査があるなんて知らなかった”と、ある地方局のラジオ番組で述懐している。

1995年、高校二年生の時に『Marvelous Marble(マーベラス・マーブル)』というバンドで「第9回 TEENS' MUSIC FESTIVAL」全国大会に出場し奨励賞を受賞する[15]。この時のティーンズ大賞・文部大臣奨励賞(グランプリ)はaiko。同年秋、長崎歌謡祭に出場してファイナリストとなっている。また、高校二年の三学期が終わると同時に高校を中退している。

フリーター生活をしなが]1996年、「The 5th MUSIC QUEST JAPAN」の福岡大会に再びバンドで出場するが、関係者にソロ転向を勧められて「FINAL」には『椎名林檎』として出場、「ここでキスして。」を歌って優秀賞を獲得している[16]。地方予選の段階でいくつかのレーベルから声がかかり、その中から東芝EMI(現・EMIミュージック・ジャパンレーベル)を選んで契約する。また、この大会にも出場し、同じく優秀賞を受賞したaikoや、グランプリを受賞した谷口崇とは音楽活動やプライベートを通じて交流するようになる。同郷の谷口とは宇宙アンテナというバンドを組んでいた。

1997年の1月から3月までの間、知人の伝手を頼りイギリスへ2カ月間ホームステイする。レコード会社のスタッフと衝突したので、一人になって自分を見つめ直すためだった。そこで思い悩み、デビューを決意して帰国する。

Smart Dog Videos (UK) production 

Tags: atheism, japan, music, pop, rationalism, rock

Views: 118

Support Atheist Nexus

Donate Today

Donate

 

Help Nexus When You Buy From Amazon

Amazon

 

© 2014   Atheist Nexus. All rights reserved. Admin: Richard Haynes.

Badges  |  Report an Issue  |  Terms of Service